安倍晋三首相は二十八日深夜、今国会に提出予定の「働き方」関連法案から裁量労働制の対象を拡大する部分を削除するよう加藤勝信厚生労働相に指示した。裁量労働制を巡る不適切なデータ問題に対する世論や野党の反発を受け、裁量労働制の拡大には理解が得られないと判断。今国会への提出を断念した。看板政策に位置づける法案の骨格部分削除は、政権にとって打撃になった。
首相は加藤氏や与党幹部らと官邸で会談し、関連法案について「国民に疑念を抱かせた。裁量労働制は全面削除する」と述べた。裁量労働制以外の部分は今国会に提出し、成立を図る考えを表明した。同様に野党の批判が強い「高度プロフェッショナル(残業代ゼロ)制度」の創設は維持する。
加藤氏は、首相から裁量労働制の労働時間に関し、実態の把握をし直すよう指示を受けたと記者団に明らかにした。法案から切り離した裁量労働制に関連する部分を今国会に別の法案として提出することは「難しい」と述べた。
首相はこれに先立つ衆院予算委員会で、裁量労働制について「きっちり実態把握をしない限り、政府全体として前に進めない」と新たな調査を実施する考えを表明。調査の方法については「厚労相を中心に検討させるが、相応の時間を要する」と述べた。
政府は、残業時間の罰則付き上限規制や「同一労働同一賃金」、残業代ゼロ制度導入、裁量労働制の拡大を柱とし、八本の改正法案を一括して提出する方針だった。厚労省による労働時間の実態調査に関し、データの不備が相次いで発覚し、法案から裁量制の関連部分を切り離すべきだとの意見が与党内に強まった。
関連法案を巡っては、首相が「裁量労働制の方が短いというデータもある」と国会で説明したが、野党の指摘で本来比較できないデータを比べていたことが明らかになり、答弁撤回と謝罪を余儀なくされた。
首相答弁の根拠になった厚労省の「二〇一三年度労働時間等総合実態調査」では、一カ月のうち「最も残業時間が長い一日」で計算した一般労働者の労働時間と、裁量労働制で働く人の実際の労働時間を比較していた。その後も調査の不備が次々に判明し、野党は全面的な再調査と法案の提出断念を求めている。
◆データ不備で追い込まれ
<解説> 政府が今国会での裁量労働制の対象拡大を断念したのは、労働時間を巡る不適切なデータ問題への批判で追い込まれた結果だ。残業時間の罰則付き上限規制を導入する労働規制の強化に、経営者の視点に立った規制緩和を抱き合わせる手法にも無理があった。
厚生労働省による労働時間実態調査は、裁量労働制の方が労働時間が短くなると印象付けるために、データを改ざんしたとの批判を免れない。結果として、裁量労働制は長時間労働を助長するとの懸念が世論に強まった。新たな調査で正確な実態を把握し、問題点を洗い出すのは当然だ。
多岐にわたる制度変更を盛った八本の法案を一本に束ねて提出しようとする手法も疑問だ。そもそも裁量労働制の拡大は経済界の要請で労基法改正案に盛り込まれたが、二〇一五年に国会提出されて以降、野党の反発で一度も審議できなかった。今回、労働界の悲願である残業時間の上限規制とセットにして成立を目指したが、矛盾が露呈した。
「働き方」法案は、残業時間規制のほか、非正規の待遇改善を図る「同一労働同一賃金」など、労働者の利益になり得る要素が含まれている。与野党は誰もが安心して働ける環境をつくるために、国会で審議を尽くすべきだ。(木谷孝洋)
(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2018030190070154.html
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