岡山県倉敷市では小田川左岸の堤防が決壊し、真備(まび)町地区(約8900世帯)の4分の1程度の面積が水没した。市役所支所が浸水や停電で機能せず、被害状況の把握が困難になった。7日午後7時半までに屋根上に取り残された人ら約450人をボートやヘリで救助。県外からも応援に入った消防や自衛隊による救助活動は夜を徹し、24時間態勢で続けられる。
同地区の女性会社員(44)は「床下に水が来てから、すごいスピードで水がたまった」と振り返る。自宅床上に浸水したのは7日午前6時。その30分後には肩くらいの高さに。平屋建てで、逃げる場所がなく、肩まで水につかって震えが止まらなかった。外れたクローゼットの扉をボート代わりにし、体が不自由な母親(70)を乗せ、引っ張りながら必死に泳いだ。
何とか隣家の車庫にたどり着き、隣人に引っ張り上げてもらって隣人宅の2階へ。そこで待機し、自衛隊のボートに救助された。「恐ろしかった。死を覚悟した」と漏らす母親の隣で、女性は「助かった」と一安心した様子を見せた。
宮嶋玲奈さん(16)は午前8時ごろ、祖母(84)に自宅前のマンホールから下水が噴き出していることを知らされた。急いで荷造りをしたが、20分ほどで玄関に水が入ってきた。「パニックだった」と振り返る。
太ももまで水につかりながら、事前に土手に移動させていた車に急いだ。足の不自由な祖母は父親(59)が担いでいった。近くの避難所は水につかっていたため、道に迷いながらも約7キロ離れた地区外の避難所に逃げ込んだ。「大切なものが全て水の中に沈んでしまい、絶望感しかない」と話した。
地区内にある「まび記念病院」も浸水し、取り残された患者や職員らの救出活動が続けられた。
6日夜から体育館などで避難所設営に携わった住人で市議の守屋弘志さん(63)は「1000人以上が避難してスペースもほとんどない状態。飲み物もほとんどなく、体調を崩す高齢者もいる。まさか短時間で住宅の2階まで浸水するとは思わなかった」と話した。
倉敷市災害対策本部によると、小田川は1級河川・高梁川の支流で、一部の河床が周辺の平地より高い「天井川」。合流先の高梁川が増水していると水が抜けにくく、1960年以降に5回の洪水を起こした。7日夕に会見した伊東香織市長は「複数の大きな河川の急激な水位上昇により、大きな災害になった。堤防決壊などで浸水域が広くなり、救助を求める人に近づくのが困難だった」と話した。【益川量平、小林一彦、竹田迅岐】
https://mainichi.jp/articles/20180708/k00/00m/040/107000c
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