2018年7月31日火曜日

遠のく「宝の海」再生 漁業者、闘争継続誓う

判決後開かれた報告集会で弁護団長の解説に耳を傾ける原告や地元住民ら=福岡市中央区で2018年7月30日午後4時25分、徳野仁子撮影

 「開門を求める私たちの闘いが振り出しに戻された」。国営諫早湾干拓事業(長崎県、諫干)を巡り、2010年に潮受け堤防開門を命じる確定判決を勝ち取った漁業者らは、確定判決の執行力を取り消した30日の福岡高裁判決に憤りの声を上げた。開門調査で漁業被害の原因を解明し、「宝の海」を再生してほしいとの願いは失望に変わった。干拓地の営農者らは安堵(あんど)の声を上げる一方、長期化する法廷闘争に疲労の色を隠せなかった。

 判決後、原告弁護団は裁判所近くで記者会見を開いた。裁判所が、原告らが持っていた共同漁業権は10年で消滅し、開門請求権も消滅したとする国の主張を追認したことについて、会見の冒頭、馬奈木(まなぎ)昭雄弁護団長が「日本の裁判所の質がここまで低下したか。司法の一員として残念な気持ちだ」と述べ、怒りをあらわにした。

 さらに「福岡高裁は今日の判決で有明海の再生はしなくていいと宣言している。これを許していいのか」と続け、「有明海再生まで闘いを続けよう」と呼びかけた。

 原告漁業者の平方宣清(ひらかたのぶきよ)さん(65)=佐賀県太良町=は「裁判長の顔をにらみながら判決を聞いた。裁判所が国にそんたくし、国民が期待できない無意味なものになった」と憤る。

 平方さんは元々、有明海特産の二枚貝、タイラギを取って生計を立てていたが、タイラギが激減したため2012年から休漁となり、近年はほとんど仕事がない状態という。「今の有明海では後継者がつくれない。国民が栄えずに国が栄えますか。何が地方創生だ」と静かに抗議の言葉をつないだ。

 会見場には原告には名前を連ねていないものの、裁判を支援する有明海沿岸4県の漁業者も参加した。長崎県雲仙市の男性は「100億円の基金による和解を目指す国の方針に裁判所が賛同したことに憤りを覚える。開門以外に漁業の発展はない。開門に向けて頑張りたい」と声を上げ、最後に全員で裁判闘争の継続を誓った。

 一方、開門に反対してきた同県諫早市の住民からは歓迎の声が上がった。平成諫早湾干拓土地改良区の山開(やまびらき)博俊理事長(70)は「開門しないことが大まかに決まり、ほっとしている。裁判は延々と続いている。早く確定して打ち止めにしてほしい」と話した。

 防災上の心配などから開門に反対する住民団体「諫早湾防災干拓事業推進連絡本部」の栗林英雄本部長(84)も「国の主張が受け入れられたことは問題解決の前進になる。今後は農業、漁業のため、より良い自然環境を作ることを求めていきたい」と語った。【関東晋慈、加藤小夜、浅野翔太郎】

つじつま合わせだ

 福井秀夫・政策研究大学院大学教授(行政法)の話 政権交代によって国の「開門」「非開門」の主張が変わり、異常な経緯をたどった裁判のつじつま合わせをしたような判決だ。国が違法な行政判断をしても一定期限が過ぎれば請求権がなくなるのであれば、権利を侵害された側が権利回復のために際限のない請求の繰り返しを強いられる。司法は政治判断の肩代わりをすべきでなく、法にのっとり国民の権利を守るという責務を貫くべきだ。

違和感のない判決

 山本和彦・一橋大大学院法学研究科教授(民事手続法)の話 漁業権に基づく開門請求権は、法律上認められた期間しか存続しないため、判決に違和感はない。ただ、もっと早い段階で論点が分かっていたら無用な混乱は生じなかった。そういう意味では国の責任は重い。今回の判決が確定すれば、司法のねじれ状態が解消されることになる。今後は開門が認められるかどうかについて、別の裁判で最高裁がどのような判断を下すかが注目される。

斎藤農相「適切に対応」

 斎藤健農相は「国の請求を認める内容の判決が出された。引き続き、諫早湾干拓事業をめぐる一連の訴訟について、関係省庁と連携し適切に対応していきたい」との談話を発表した。

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https://mainichi.jp/articles/20180731/k00/00m/040/136000c

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