客にタトゥー(入れ墨)を彫るためには、医師免許が必要なのか否か。そんな争点が注目された刑事裁判の判決が9月27日、大阪地裁であった。判決が示した司法判断は「必要」。被告側は有罪判決を不服として即日控訴したが、上級審でも判決が支持されて「判例」になれば、彫り師=医大卒のエリート、という日がやって来るかもしれない。
●タトゥーは医療行為なのか
この日判決が出たのは、大阪府吹田市の彫り師、増田太輝被告(29)の医師法違反事件。増田被告は医師の免許がないのに、2015年3月までの8カ月間に客3人にタトゥーを施したとして起訴されていた。
注目すべき争点は次の2点だった。
- タトゥーを施すことが、医師法が定める医療行為に当たるか
- 「医師でなければ医療行為をしてはならない」と定めた医師法の条文は、憲法が認める「職業選択の自由」や「表現の自由」、「個人の自由」、「罪刑法定主義」に違反するか
1については、弁護側はタトゥーを彫る行為は病気の治療や予防が目的の医療行為にはあたらず、医師法の「医業」ではないと訴えていた。
2についても、医師免許を求めることは彫り師になる機会を狭め、職業選択の自由を制限することになると主張。彫り師にとってタトゥーは芸術作品でもあり、創作活動(表現の自由)が制約されかねないとした。
その上で弁護側は、タトゥーを彫ることが医療行為として明確に定められていないのに罰せられれば、罪となる行為や罰則の内容があらかじめ法律で決められていなければならない「罪刑法定主義」に反するとしていた。
だが、長瀬敬昭裁判長はこうした弁護側の主張をすべて退けた。
1については、タトゥーを彫ることは、皮膚障害や色素などによるアレルギー反応、ウイルス感染が生じる可能性があると指摘。「保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為」のため、「危険性を十分に理解し、適切な判断や対応を行うためには、医学的知識及び技能が必要不可欠」で、医師法の医療行為にあたると認めた。
2については、医師免許を求めることで表現の自由や個人の自由、職業選択の自由が制限されても「公共の利益を保護するために必要かつ合理的な措置」と判断した。
長瀬裁判長はまた、医師法が定める医療行為にどのようなものが含まれるかについては、「通常の判断能力を有する一般人にとっても判断可能」なため、医師免許がないのにタトゥーを施した人を処罰することは法律上、矛盾しないとした。
判決は、増田被告に罰金15万円の支払いを命じた。
検察側が求めていた罰金は30万円だったが、「被告人なりに衛生管理に努めていた」ことや、「実際に健康被害が生じたものは認められない」ことなどが考慮され、減額につながった。
被告側は判決を不服として即日控訴した。
●「タトゥーを彫るために誰が病院に行く?」 被告ら怒りあらわ
増田被告と弁護団は大阪弁護士会館で記者らの取材に応じた。
「非常に残念です。納得がいきません。彫り師という仕事、自分の人生を取り返すために、これからも控訴審で闘っていきます」。冒頭、増田被告は無念さをにじませた。
主任弁護人の亀石倫子弁護士は次のように語った。
「判決には心の底から失望しました。裁判所は、私たちが訴えたことに何一つ正面から答えませんでした。判断することから逃げたと言わざるを得ません。医師でなければタトゥーを彫ることが出来ないとしたら、この国から彫り師という職業はなくなります。日本の文化、伝統が失われます。タトゥーは日本の社会で嫌われがちな存在です。そんな人たちの権利や自由なんてどうでもいい、そういう社会を今日の判決は肯定するんです」
弁護団長の三上岳弁護士は「医業の『医』という言葉は、病気やけがを治すことです。これに対して、タトゥーを彫ることは表現行為やファッションとして行われています。誰がタトゥーを彫るために病院に行こうと思うでしょうか。タトゥーを彫る行為を医業ということは、明らかに日本語の意味から外れていて、法解釈の限界を超えています」と述べた。
その上で、三上弁護士は次のように付け加えた。
「確かにタトゥーを彫る行為には、感染症などの危険もあるため、無制限に許されるとすることには躊躇を感じます。だからといって、法解釈の限界を超えて、無理やり医師法を適用するということは、『法律なければ刑罰なし』という罪刑法定主義を無視するもので、もはや司法の役割を放棄しているとしか思えない」
被告人を支援している専門家たちからも判決に対する疑問の声が上がった。刑法や医師法に詳しい立教大大学院の辰井聡子教授は怒りをあらわにした。
「本当に残念な判決。『危険性があるから医師免許が必要だ』という話に終始していたが、入れ墨に一定の危険性があるからと言って5、6年間医学部に通って医師免許を取らなければならないのは、誰がみてもおかしいと分かる。放置できないとすれば、何らかの別の制度が必要なのであり、医師法違反で有罪とされたことは、制度の不備を被告人一人に押しつけた格好になっており、到底認められない」
刑法が専門の京都大大学院の高山佳奈子教授は次のように疑問を投げかけた。
「戦前は入れ墨を処罰する法律がありました。戦後になってGHQが来て、この罰則が廃止され、入れ墨は自由化された。その後、一部の地方自治体で青少年に対する入れ墨を処罰するようになった。このような法律状態の中で、明治時代からある医師法違反の罪で処罰するのはおかしいのでは」
高山教授はさらに続けた。
「今日の有罪判決の実質的な理由は、けがや病気をさせる恐れがある行為は医師免許を取ってなければならないという点です。しかし、そのような行為は世の中にいくらでもある。理容店はどうでしょうか。料理はどうですか。スポーツは。SMクラブはどうでしょうか。こういったことについても法廷で証言したが、今日の判決は全く答えていません。理由がきちんと書かれていない判決が出たことは何を意味するのでしょうか。あきらかにおかしいことが分かっているけれども、自分では判断したくない、上級審でもう一回争ってくれという責任逃れの判決だったと思う」
入れ墨の研究をしている医師で熊本大名誉教授の小野友道さんは「入れ墨はどう規制しようと、世界中からなくなることはない。身体的装飾であり、人間の本能的なもの。それを医師しか出来ないとすれば日本ではなくなる。しかし、実際はなくならない。その点、非常に危惧している」と語った。
会場からは支援者からも質問が出た。ある彫り師の男性は戸惑いをみせた。
「裁判はすべての彫り師に関わること。僕は今日、判決を見ている。控訴したんで裁判は続きますと言われも、昨日と同じように仕事をしたり、ブログに情報をあげたりするのはどうなんでしょうか」
三上弁護士は「すごく難しい問題。我々の言っていることは説得力があると思うし、判断が高裁でひっくり返る余地は十分あると思っている。無罪を信じているが、だからといって有罪という判決が出た以上、我々が弁護士の立場として『じゃんじゃんやって下さい』とはなかなか言えることではない。だが、ひっくり返る余地があるから摘発するのはおかしいでしょという感情は持っている」と話した。
高山教授は「法律的なことだけを申し上げると、実は今までと同じ。判決が出る前の段階でも、警察は摘発しようと思えばできた。一審判決出たがまだ効力はない。法律的な状態としてはいままでと同じ」と述べた。
亀石弁護士はこう懸念を語った。
「さっき小野先生が、『こんな判決が出ると、今まで以上にもっと危険な状態になっちゃう』とおっしゃったのは、こっそり隠れて、地下に潜ってやるしかなくなっちゃうということ。そうすると衛生管理の徹底されてないような人も出てくるかもしれない。判決が出るまで、グレーな状態の中で、おおっぴらに営業できず、海外に行って仕事するか、ひっそりと誰にも知られないようにするかという状態に、日本の彫り師さんみんなが置かれるということだと思う。結論が出てないから警察は摘発に来ないんじゃないかという気持ちもあるが、それも絶対とは言えない」
訂正の連絡はこちら http://www.huffingtonpost.jp/2017/09/27/tattoo-osaka_a_23224487/
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