2018年7月24日火曜日

文部官僚「裏口入学」事件 あの学園を連想させる構造的問題

裏口事件で開かれた野党のヒアリング(時事通信フォト)

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 文科省のエリート官僚ともあろうものが、たかだか息子を裏口入学させるために贈収賄を働くとは──世間はただの“セコい悪事”で終わらせようとしているようだ。しかし、この事件で浮き彫りになったのは、文科行政が官僚たちの恣意的な判断によって決められているという構造的問題である。そう言われれば、誰もが「あの学園」を連想するはずだ。ノンフィクション作家の森功氏がレポートする。(文中敬称略)

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 さる7月4日、文部科学省の前科学技術・学術政策局長、佐野太(58)の逮捕を事前にキャッチしていたマスコミは皆無だったという。文科省の高級官僚をターゲットにした受託収賄は、新聞各社の司法担当記者にも寝耳に水の事件であり、一様に驚きを隠さなかった。

 もっとも司法担当記者たちが驚いた理由は、東京地検の捜査に気付かなかったからだけではない。役人の子弟の裏口入学は特捜事件としては極めて異質であり、違和感を覚えざるを得ないものだったからだ。

 佐野は、出来のよくない一浪の息子を東京医大に入学させてもらうため、大学に便宜を図ったという。実際の試験に加点してもらった裏口入学が賄賂にあたる。一方、賄賂を渡した東京医大は、文科省の「私立大学研究ブランディング事業」なる補助金事業の選定を佐野に頼んだ。年間3500万円の補助金が、裏口入学という賄賂の見返り。そんな珍妙な構図の事件だ。

 国会議員をはじめとした権力者の横暴に立ち塞がる東京地検特捜部が手掛けるには、いかにも見栄えがしない。霞が関の高級官僚を摘発したものの、普通なら警察に任せるような事件に、あえて東京地検が切り込んだのはなぜか。そう首を傾げた向きも少なくないだろう。佐野逮捕の翌日から西日本を襲った豪雨やオウム幹部たちの死刑執行のせいで、報道もずい分控えめになってしまった。

 だが、その実、特捜部にはもっと根深い別の狙いがあるのかもしれない。それは決して深読みに過ぎるわけでもない。事件には官邸と霞が関の暗闘に通じる背景がある。

 地検特捜部が受託収賄の見返りと位置づける私大のブランディング事業は、2016年からスタートした。その第一弾として、全国の私大198校が手を挙げ、うち40校が選ばれた。実に競争率5倍の難関だ。

 そんな栄えある第一号の私立大学の中で、目を引くのが千葉科学大学と岡山理科大学である。どちらも学校法人加計学園の経営する大学だった。

 奇しくも事業選定が始まった2016年6月、前川喜平が文科省の事務次官に就任した。次官になった前川が首相補佐官の和泉洋人をはじめ、官邸サイドから加計学園の進める獣医学部新設計画に賛同するよう、さまざまな圧力をかけられていた時期とピタリと重なるのである。

 そしてこのとき、目下、受託収賄の罪に問われている佐野本人もまた、統括審議官から官房長に昇進した。官房長は国会対応をはじめ、文科省内と政権中枢との調整役を果たす。まさにそんな微妙なタイミングで、加計学園が文科省の補助金給付対象事業の私大に選ばれているのである。

 東京医大の裏口入学事件の温床になった私大のブランディング事業。そこには、安倍政権のおかげで悲願の獣医学部新設にこぎ着けた加計学園がいち早く手を挙げ、政府肝煎りの政策でライバルを蹴落として選ばれたことになる。加計学園は獣医学部の新設問題で、「依怙贔屓の末の裏口入学みたいだ」と揶揄されたが、現実に起きた裏口入学事件とも、奇妙な共通点が見え隠れする。

◆誰が影響力を行使したか

 文科省の科学技術・学術政策局長だった佐野は、事務次官へ昇りつめる一歩手前だったといわれる。1959年山梨県塩山市(現・甲州市)生まれ。早大理工学部の大学院を卒業し、1985年に科学技術庁入りした。文部省と科技庁が合体した文科省内で、元文部大臣小杉隆の娘婿でもある佐野は科技庁出身のエースとして、出世街道を歩んできた。

 内閣府科学技術政策担当大臣だった笹川堯や尾身幸次の秘書官を経て、2005年には私立学校法人担当の高等教育局私学部参事官(課長級)に就任。2016年6月に官房長に就いたあと、東京医大の応募した文科省のブランディング事業にかかわり、東京地検に逮捕される羽目になる。

 教育行政を司るエリート官僚がはまった私大入学を巡る汚職事件は、極めて珍しいケースだ。ごく簡単に振り返ってみる。

 文科省の佐野のほか逮捕されたのは、東京医大とのパイプ役を果たした医療コンサルタントの谷口浩司(47)。贈賄側である東京医大前理事長の臼井正彦(77)や学長の鈴木衛(69)については、捜査に協力的だとして特捜部も逮捕せず、在宅で取り調べを進めてきた。特捜部が賄賂と認定した裏口入学について、逮捕後、佐野本人は否定しているが、贈賄側の臼井たちはあっさり認めている。

 また特捜部が賄賂の見返りと位置付ける文科省の「私立大学研究ブランディング事業」は、3月から6月まで公募を受け付け、10月までに文科省が大学を選ぶことになっている。その大学選定については、私大の理事や学長など11人の「私立大学研究ブランディング事業委員会」と26人の教授たちからなる「審査部会」が個別の研究計画を採点し、決定する仕組みだ。表向き、第三者の審議会が補助金を与える大学を選定する建前になっている。

 そこで事件当時官房長だった佐野は、「大学選定の権限もないし、タッチもしていない」と容疑を否認。

「これに対し特捜部は、佐野がコンサルタントの谷口を通じ、事業に応募する際の申請書類の書き方を指南したとみて、捜査を進めています。その上で、第三者の審議会への働きかけがあったかどうか、そこを詰めていく」(司法関係者)

 東京医大は、ブランディング事業の初年度にあたる2016年度にも応募したが、落選していた。そこで翌2017年度に再挑戦し、佐野たちのアドバイスを受けて見事合格したのである。

 そこは大学側が認めているので明らかだ。すると当の佐野自身は特捜部の調べに対し、「あくまで個人的にアドバイスしただけ」と半ば認めた。だがその一方で、大学選びは第三者機関の決定であり、官房長には制度上の職務権限がない、と徹底抗戦の構えを崩さない。裏口入学についても知らなかったと頑なだが、問題は誰が第三者委員会に影響力を行使したか、である。

◆加計問題との共通点

 くだんのブランディング事業において東京医大は、「先制医療による健康長寿社会の実現を目指した低侵襲医療の世界的拠点形成」なる題目を研究テーマとして掲げてきた。低侵襲医療とは、手術などを避け患者の身体への負担をさける治療のことだが、その中身は前年の2016年とほぼ変わらない。

 にもかかわらず1年後には審議会の審査に合格したというのだから、摩訶不思議だ。大学の選定方法はまず合格校の半分を26人の審査部会による採点で選び、残り半分を11人の審議会委員の投票で決定する。すると仮に11人の委員にパイプがあればOK、という話になりはしないか。

 ブランディング事業の大学選びが、審議会のちょっとしたサジ加減で決まるのは、間違いない。特捜部は職務権限のないように見える立場の官房長であっても、事実上、絶大な影響力を行使できた、と睨んでいる。そしてその構図は、獣医学部の新設について安倍政権が有識者の議論で決まったと言い張ってきた国家戦略特区諮問会議のケースとよく似ている。

 獣医学部の新設認可を巡る官邸サイドと文科省の前川喜平とのつばぜり合いは、すっかり有名になった。それとときを同じくし、加計学園は文科省のブランディング事業の第一弾として、その研究テーマを認められているのだ。

 事業に対する助成の金額こそ年間3000万円程度と大きくないが、文字どおり大学のブランド戦略に力を貸す。それがこの制度の趣旨であり、大学側にとってこの上なくありがたいのである。

◆きっかけは政府の方針

「大学のブランド事業といえば、近大マグロなどが思い浮かぶでしょうが、他の大学にはあそこまでの発信力がありません。だから文科省に自分たちの研究テーマが採択されたとなれば、キャッチーな宣伝文句になり得る。決して技術そのものにお墨付きを与えるわけではなく、研究体制が整っているという意味で採択するのですが、事業に選定されれば、うちの大学はこういう研究テーマに取り組んでいるとPRしやすくなると思います。学校の看板として掲げる意味があるので、多くの大学に応募いただいたのでしょう」

 補助金を出す文科省高等教育局視学官の児玉大輔(私学部私学助成課長補佐)はこう話した。文科省のお墨付きを得るため、各私大は鎬を削っている。原則として1大学1つの研究テーマを掲げ、私学助成課に応募する仕組みだ。そんな文科省のブランド事業の出発点は、安倍政権の大学改革政策だという。

「きっかけは平成27(2015)年6月の閣議決定『まち・ひと・しごと創生基本方針2016』で、地方創生のために研究イノベーションを大学改革に活かすべきだという方針が示されました。と同時に、『科学技術イノベーション総合戦略2015』を閣議決定し、イノベーションの環境整備として大学改革をやろうとなった。そういった政府の方針を踏まえ、文科省で事業を立案したのです」(同前・児玉)

 折しも問題になった国家戦略特区制度による獣医学部の新設は、この文科省の補助金事業が立案されていった2015年から、その動きが加速する。理事長の加計孝太郎をはじめ、愛媛県や今治市が獣医学部新設のため、官邸や政府に働きかけていった時期だ。獣医学部計画を巡る2015年の動きを改めて振り返ると、次のようになる。

 愛媛県文書によれば、2月25日、加計孝太郎理事長と安倍首相が面談。首相より「獣医学部いいね」発言あり(官邸、加計学園ともに面談の事実を否定)。

 3月24日、加計学園側が首相官邸を訪問。柳瀬唯夫秘書官と面談。「内閣府の藤原豊地方創生推進室次長に相談されたい」と促した。

 4月2日、同様に官邸訪問。愛媛県文書により「これは首相案件」というやり取りが判明。同日3時35分から57分まで下村文科大臣が官邸にて首相と会談。

 4月7日、加計学園の花見に安倍首相参加。加計理事長と面談。

 6月、今治市が国家戦略特区申請。「日本再興戦略2015版」により文科省が獣医学部新設の規制を見直す4条件を閣議決定。

 改めて整理すると、2015年6月の「日本再興戦略2015版」で獣医学部新設が動き始め、同時期の「科学技術イノベーション総合戦略2015」を機にブランディング事業がスタートする。

◆蛇に睨まれた蛙

 このあと年が明け、2016年になると、獣医学部新設を巡って官邸サイドから文科省に対するプレッシャーが高まっていく。文科省に残っていた一連の「総理のご意向」メモが示唆するとおり、省内では加計学園の獣医学部新設に異を唱える声もあがった。が、事務次官だった前川喜平が「しょせん蛇に睨まれた蛙」と本音を吐露したように、さしたる抵抗もできず、国家戦略特区の獣医学部計画はどんどん進んでいった。

 加計学園の2校が応募した初年度のブランディング事業の大学選びは、まさにそんな渦中におこなわれていたのである。研究テーマは、千葉科学大の「『フィッシュ・ファクトリー』システムの開発及び『大学発ブランド水産種』の生産」と岡山理大の「恐竜研究の国際的な拠点形成—モンゴル科学アカデミーとの協定に基づくブランディング」だ。首相の腹心の友が経営する学校法人は、大学改革の一環であるブランディング事業で極めて狭き門をすり抜け、さらに国家戦略特区の獣医学部新設へ向けてレールに乗ってことを進めていった。

 加計学園で、獣医学部の新設を進めてきたのは中核大学の岡山理大だが、もう一つの千葉科学大でも千葉県の銚子市に開学準備を進めていた2002年当時、「獣医水産学部」の新設を計画していた。それは断念せざるを得なくなるが、前述したように2016年のブランディング事業では、水産分野を研究テーマとして応募し、予算3752万円の補助金を勝ち取った。

 むろんどれも加計学園の獣医学部新設が、騒動になる前のことだ。拙著『悪だくみ「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』(文藝春秋)にも書いたが、その千葉科学大でも、あわよくば今治市の獣医学部に続き、水産系の獣医学部の開校を目論んでいた。2015年から2016年にかけた加計学園をめぐるこれらの動きが、偶然の産物だとはとうてい思えない。

 特捜部に逮捕された佐野は高等教育局私学部参事官として私大を担当し、官房長に就任したあとは予算にもタッチし、安倍政権との調整役を担ってきた。否応なく国家戦略特区問題にかかわらざるを得ない立場だ。“裏口入学”と酷評された国家戦略特区の獣医学部新設に倣い、無理やり我が子を医大に入れようとした──。まさかそんなわけはあるまいが。

※週刊ポスト2018年8月3日号

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